自己紹介をお願いします。
草彅裕と申します。秋田県仙北市出身で、東北芸術工科大学を油絵で卒業した後、修士で写真を学びました。いまは地元の秋田にある秋田公立美術大学のコミュニケーションデザイン専攻で写真を教えています。
主にどういうテーマで撮影をされているのでしょうか?
自分が生まれ育った秋田の自然やお祭りなどの風土を中心に撮影しています。
写真撮影を始められたきっかけを教えていただけますか。
大学在学中に油絵を学んでいた時、細密描写という課題に対する素材を集めるために写真を撮影していました。それが写真との最初の出会いでした。当時は一眼レフカメラではなく、アルバイトで得たお金で買ったコンパクトなデジタルカメラで撮っていました。撮影したものをプリントし、それを素材として絵を描いていたのですが、撮影しているうちに「写真は見えている世界をそのまま写し出すのではない」ということを実感しました。「写真にしか見えない世界があるかもしれない」と気づき、「写真を絵の素材とするのではなく、むしろ写真を使って表現ができるのではないか」と思いました。そのことがきっかけで、写真を本格的に学びたいと思い、大学院に進学して写真を学びました。また、当時、自分の師匠であり、担当教員であった写真家、民俗学者の内藤正敏さんの写真展を見て、改めて「肉眼で捉えている世界ではないものを写真が写し出している」ということを教えてもらいました。そういった出会いや機会があり、写真を始めました。
今回の写真展の被写体である玉川について教えていただけますか。
-
学生時代に写真を学んでいたころから、目に見えない世界や写真でしか見えないものを表現していきたいという思いで撮影をしていました。その中でも、自然界にある水の、目に見えない「瞬間」を写真で切り取っていくことをテーマに研究しており、1/8000秒の高速シャッターを使って水しぶきや波の肉眼では見えない造形に注目して作品を制作していました。
卒業後、秋田に戻った際に、仕事をしながら作品として写真を撮り続けたいと考え、水にちなんだ場所を探しました。玉川は自分の生まれ育った家のすぐ近くを流れていて、よく遊びに行っていた思い出深い川でしたので、そこで写真を撮ってみようと思いました。
撮影をしていると、川の色が独特であることに気が付きました。その理由を調べてみると、源流近くにある玉川温泉の火山口から人間の胃液と同じ強さの強酸性の水が毎分9000リットル以上湧き出ていて、それが玉川に流れ込んでいることが理由だと分かりました。水の色が青く見えるのは、「酸性が強いことで水中にアルミニウムが溶けて、その光の反射が青を拡散するため」など、いろいろな説があります。当初はそういった理由はまったく知らなかったのですが、写真をきっかけに川の色に着目し、その理由を突き止めていったおかげで、人間の手を寄せ付けないような原始的な自然の風景と出会うことができました。自分が小さいころから慣れ親しんでいた川の上流にある知らない姿にたどり着いたときに、上流から下流にかけて水がどのように変化していくのかを撮ってみたいと思いました。今回は100kmほどある玉川の上流から下流の生活領域までを撮り歩き、14年という長い時間をかけて撮影してきた作品群を展示いたします。
今回の展示や写真集のタイトルにもなっている「水を伝う」に込められた意味や想いを教えていただけますか。
水そのものが何かを伝って移動するという性質があるため、主題である玉川の水に何か言葉を当てはめようと思った際に、「伝う」という言葉がしっくりくると感じました。また、私自身が、玉川の水自体を伝っていくように、直感に任せて川を移動していったことから、自分自身の行動イメージとも「伝う」という言葉がマッチするとも感じました。さらに写真の目的でもある「伝える・伝わる」ということにもマッチするということで、「水を伝う」というタイトルにしました。なお、写真集では「水を伝う」というタイトルに、サブタイトルとして「玉川毒水」と追記しています。
テーマの根幹にもある「流れ」という観点で、玉川では上流から下流にかけてどういった変化が見られるのでしょうか。
-
人工的な施設による調整を通して、徐々に酸性値が中和されていくというのがひとつの大きな変化になります。上流ではpH値が1.2程度なのですが、下流では5を越えており、大きな差があります。上流から下流へ流れるにつれて、生き物などの生態系が息づいていき、人の生活にも使える水になっていくというような水質が変化する様子が見られます。また、上流では鉄が川底に付着して赤く染まっていますが、下流に流れるにつれてそのような川の色彩が変化する様子も撮影しています。そして、川にあるダムなどの人為的な施設もテーマの一つです。そういった自然と人との共生の光景も、ご覧いただければと思います。
上流では植物も生えないのでしょうか。
-
源泉の近くは草木も生えていないですね。変色した岩肌と、青い水、もうもうと湧き上がる湯気だけが見えます。生き物は住めません。子どものころは下流の方で遊んでいて、上流にそのような光景が広がっていることは知りませんでした。とんでもなく青い川で、毎日見ていた近くの用水路もエメラルドグリーンだったのですが、当時はそういうものだと思っていました。そうではないということを後から知りました。
撮影時の印象的なエピソードを教えていただけますか。
生活圏内に近いところや車で行けるところなど身近な自然を対象としているものの、写真を撮っていると少し人里離れたところに入っていき、そこで熊などの野生動物に遭遇することがあります。撮り始めたころはそこまで警戒しなくてもよかったのですが、近年ではすごく熊が増えていて、周りでも事故が増えているので本当に危ないです。先日、すぐ近くで熊にかまれたという話も聞きます。そういった意味で行動が制限されたように感じます。私自身、熊にうなられて逃げてきたこともあります。10年前とは自然との距離感が変わってきたと感じています。10年経つと道が崩れて通れなくなったり、地形そのものが変わって、以前撮影できていた写真がもう撮れなくなったりということもあります。そういった出来事は記憶に残りますね。
色彩の表現でこだわっていることを教えていただけますか。
玉川を撮影していて最初におもしろいと感じたことが「色」だったので、それが酸性に起因しているということが非常に興味深いと感じました。たとえばダムの壁は、酸によって溶けた鉄などが付着して赤くなっています。玉川は、そういった独特の色を持った川であると思います。その色合いが見せたい部分なので、写真で伝えることができたらうれしいです。実は田沢湖も玉川の水が流れているので、青く見えます。その中でも特に青く見えるシチュエーションや場所を撮影の対象としています。したがって撮影では、光の当たり方や、色が鮮やかに見える光の選び方を工夫しています。
水の流れや飛沫の激しさを表現するためにどのように撮影されているのでしょうか。
-
高速シャッターを使って水の造形を写し取った作品は、肉眼で見るのとは違うイメージが表れるので、輝きや形が印象深いのではないかと思います。このように非常に長いサイクルで循環している被写体に対して、人間が知覚できない「瞬間」の光を断片的に捉えます。また一方で、それが連続してまたひとつの大きな「循環」になるというイメージで制作していました。1/8000秒という水の動きを停止させた「瞬間」を撮っているからこそ、インパクトにつながっているのではないかと思います。また撮影条件としては、水が激しく渦巻いているところや、飛沫が上がっているところ、水が湧き上がっているところは激しく見えます。落ちて跳ねるだけではなく、中から噴出している場所もすごく多いので、高速シャッターでその激しさを表現できたのではないでしょうか。撮影場所によって異なる表情を見せているので、その点をご覧いただきたいです。
記事をご覧の皆さまへのメッセージをお願いします。
玉川という、100kmほどの川の上流から下流を14年間かけて切り取った「瞬間」を断片として、またひとつの川として再構成した展示です。ぜひ、写真でしか見られない、さまざまな状態で川を流れる水の色や形の変化をご覧いただき、お楽しみいただければ幸いです。また、会場に足を運べない方にも写真集がありますので、是非そちらをご覧いただきたいです。写真展では47点の作品を展示するのですが、写真集では120点が掲載されています。こちらも一冊を、上流から下流までの「瞬間」がつなぎ合わされたひとつの「循環」としてお楽しみいただけますので、ぜひそれを手に取ってみていただければと思います。