富士フイルムが運営する写真展(東京・六本木)

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富士フイルムが運営する写真展(東京・六本木)

[Image]「写真伝来|写真大国ニッポンのはじまり」

上野彦馬《長崎、中島川》1872年頃
コロジオン湿板法で撮影、鶏卵紙にプリント
所蔵:富士フイルム株式会社

「写真伝来|写真大国ニッポンのはじまり」

フジフイルム スクエア 写真歴史博物館 企画写真展

2026年7月1日(水)~9月17日(木)(最終日は16:00まで)

写真歴史博物館

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見どころ

  • 富士フイルム株式会社が所蔵する「フジフイルム・フォトコレクション」の作品を中心に、同じく当社が所蔵する歴史的な撮影機材や、幕末・明治期の写真に関する貴重書など、約30点を厳選し、日本の初期写真史を紹介。
  • 世界でも類を見ない独自の写真文化を現代に創り上げた「写真大国ニッポン」のはじまりとなる、日本の写真文化の幕開けの歴史をお楽しみいただけます。

写真展について

フジフイルム スクエア 写真歴史博物館は、富士フイルム株式会社が所蔵するコレクションで構成した日本の初期写真史を紹介する企画展「写真伝来|写真大国ニッポンのはじまり」を開催いたします。

私たちが毎日、大量に目にしている写真。その写真がどのように日本に伝わり、普及していったのか。そこには、社会的・経済的に制約が多く、西洋的な科学技術が未発達だった幕末・明治の時代に、数々の困難を乗り越えた先人たちの努力と情熱がありました。

日本への写真の伝来は、およそ190年前のこと。1839年に世界初の実用的写真術としてフランスで発表されたダゲレオタイプ*1が、1848(嘉永元)年にオランダ船により長崎に渡来したことによるとされています。当時の日本にとって未知だった「写真」という西洋の科学は、幕府や諸藩の事業として川本幸民(1810–1871)をはじめとする蘭学者たちによって研究・実験が進められました。
日本で写真が実用化したのは、それから約10年後の1860年代初め(文久年間)。写真の技法は湿板写真*2に変わり、開国後に来日した外国人写真家や、写真の技術を知る外国人に実技を学んだ者たちの中から職業写真家が生まれます。そして、明治に入ると日本の写真文化は大きく花開き、後の「写真大国ニッポン」の礎を築きました。

本展は、富士フイルム株式会社が所蔵する「フジフイルム・フォトコレクション」の作品を中心に、同じく当社が所蔵する歴史的な撮影機材や、幕末・明治期の写真に関する貴重書など、約30点を厳選し、日本の初期写真史を紹介するものです。江戸時代後期に作られた現存する日本最古のカメラ・オブスクーラ*3や、19世紀のダゲレオタイプカメラのほか、日本の「写真の開祖」と称される上野彦馬(1838–1904)による化学書『舎密局必携(せいみきょくひっけい)』(1862[文久2]年)、また日本で最初の写真技術専門書とされる『写真鏡図説(しゃしんきょうずせつ)』(柳河春三訳述、1867–68[慶応3–4/明治元]年)など、貴重な写真関係史料によって、日本への写真伝来にまつわる歴史をひもときます。

世界でも類を見ない独自の写真文化を現代に創り上げた「写真大国ニッポン」のはじまり。日本の写真文化の幕開けの歴史をどうぞお楽しみください。

(i) 鶏卵紙
1850年にフランスのルイ・デジレ・ブランカール=エヴラールが考案した卵白を感光物質の媒体として使用する印画紙。塩化物を加えた卵白を紙に塗布しておき、使用前に硝酸銀の溶液に浮かべて感光性を持たせたのち、ネガと密着させ日光で焼き付ける。現像を行わず強い光だけで画像が生じる。コロジオン湿板法やガラス乾板と組み合わせ、19世紀後半から標準的な写真技術として広く普及し、20世紀初頭まで盛んに使われた。ディテールの鮮明さと卵白による独特の光沢、セピア色の美しいグラデーションが特徴。

(ii) ガラス乾板
乾いた状態で使用できるガラスの支持体の感光材料を乾板(かんぱん)と呼ぶ。湿板写真に代わる近代的な撮影用感光材料で、これにより撮影現場での感光板自製の必要がなくなり、写真家の撮影対象や行動範囲が飛躍的に拡大した。1871年にイギリスのリチャード・リーチ・マドックスが発表した臭化銀ゼラチン乳剤乾板が最初で、その後、乳剤を熟成して感度を高める方法も考案された。1880年代からは高感度の乾板が工業的に生産されるようになり、20世紀の写真工業興隆の礎となった。ガラス乾板を基礎として写真フィルムが発展し、1934年には写真フィルム国産化のため富士写真フイルム株式会社(現・富士フイルムホールディングス株式会社)が設立された。

(iii) 鶏卵紙にプリント・手彩色
鶏卵紙によるモノクロームのプリントに、手で彩色を施したもの。個々の作品によって異なるが、日本画の絵師が雇われて彩色の作業をしていたといわれ、絵の具は日本画用の顔料や染料が用いられている。

*1 ダゲレオタイプ
1839年にフランスのルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが公表した世界で最初の実用的な写真術。日本では銀板写真と呼ばれる。銀メッキを施した銅板をよく磨き、ヨウ素の蒸気にさらして表面に感光性のハロゲン化銀を生成、これをカメラに入れて撮影する。その後、水銀の蒸気で現像、続いて定着を行う。撮影・処理した鏡面状の感光板をそのまま鑑賞するもので、左右逆像となるが画像が鮮明で美しい。公表と同時に欧米では急速に普及し、特に肖像写真の分野で大きな発展を遂げた。日本では研究・実験の域を出なかったが、唯一の現存する成功例として、薩摩藩の「島津斉彬(しまづなりあきら)像」(1857[安政4]年撮影、重要文化財)がある。

*2 湿板写真(コロジオン湿板法)
1851年にイギリスのフレデリック・スコット・アーチャーが発表したガラス板を支持体とした撮影技法。ヨウ化物や臭化物を添加したコロジオン液をガラス板に塗布してから硝酸銀の溶液に浸すと、コロジオン層に感光性のハロゲン化銀が生じるが、乾燥すると感光度が失われるため濡れているうちに撮影と処理を行う必要があった。19世紀後半まで30年以上にわたり使用された。日本における実用的な写真技術はこの湿板写真から始まった。

*3 カメラ・オブスクーラ
カメラの起源とされる光学装置。日本では写真鏡と呼ばれた。カメラ・オブスクーラはラテン語で「暗い部屋」を意味する。暗くした部屋の壁に開けた小さな穴から入った光が、反対側の壁に像を結ぶ現象を利用しているが、光が直進する性質により、外界の像は上下左右が反転して投影される。この原理は古代から知られ、ルネサンス期以降は多くの画家たちにより絵を描くときの補助具としても応用された。

写真展概要

写真展名 フジフイルム スクエア 写真歴史博物館 企画写真展
「写真伝来|写真大国ニッポンのはじまり」
開催期間 2026年7月1日(水)~9月17日(木)
開館時間 10:00-19:00(最終日は16:00まで、入館は終了10分前まで) 会期中無休
会場 FUJIFILM SQUARE(フジフイルム スクエア) 写真歴史博物館
入館料 無料

※ 企業メセナとして実施しており、より多くの方に楽しんでいただくために入館無料にしております。

作品点数 写真作品、撮影機材、書籍など約30点(予定)

※ 作品保護のため、一部の作品を複製作品に入れ替えて展示いたします。何卒ご了承ください。

主催 富士フイルム株式会社
監修 高橋則英(日本写真芸術学会会長)、鳥海早喜(日本大学芸術学部准教授)
後援 港区教育委員会
企画 フォトクラシック
出展写真家(予定) 上野彦馬、下岡蓮杖、内田九一、日下部金兵衛、小川一真、鹿島清兵衛

※ 写真展はやむを得ず、中止・変更させていただく場合がございます。あらかじめご了承ください。
※ 祝花はお断りいたします。

写真展併催イベント

富士フイルムで写真製品の研究・開発・技術サポートに長年携わったOBが、コンシェルジュとして、館内の常設展示物と併せ、本展についてわかりやすく解説いたします。

毎日15:00から・約30分間(参加無料・予約不要)

※ 写真展会場内で実施、座席はございません。あらかじめご了承ください。
※ イベントはやむを得ず、中止・変更させていただく場合がございます。あらかじめご了承ください。

写真展一覧

写真歴史博物館

~ 190年を越える写真の変遷を中心とした展示 ~

貴重なアンティークカメラや富士フイルムの歴代カメラの展示に加え、歴史的に価値のある写真を展示する企画展も定期的に開催しております。写真の文化、カメラの歴史的進化をご覧いただける希少価値の高い博物館です。190年を越える写真文化の変遷をぜひお楽しみください。

MECENAT
写真歴史博物館は、2025年、公益社団法人企業メセナ協議会より、「芸術・文化振興による社会創造活動」として「THIS IS MECENAT 2025」の認定を受けております。